どうやら最近、恋愛が流行っていないらしい

先日、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』という恋愛小説を出して、その小説について色々と取材や対談を受けているとわかってきたことがありまして、どうやら最近は恋愛が流行っていないようなんです。

この小説の冒頭で「恋愛には四季がある」という話を書いたんですね。

恋愛の春は、お互いがまだ好きなのかどうかわからなくて、「『付き合ってる人いるの? いないんだやったー』、ってことは私に気があるんだ」とか「休日に映画に誘われたんだけど、これってデートなんだよね」とか「LINEがすぐに既読にならないからやっぱりそんなには興味ないんだろうな」とか、そんな恋愛初期のドキドキしている時期なんです。

そしてキスをしたら春は終わりで恋愛は夏に入ります。お互いがとても大好きで、会ってないときも「ああ、会いたい」って感じるような時期です。

そして恋愛に秋がやってきて、冬になる、そして季節が逆戻りはしないように、この恋愛も必ず逆戻りはしない、という話です。そうですよね。恋愛の夏でおもいっきり盛り上がっている時期から、春のあの「好きなの? 本当? どっち?」っていうドキドキの時期には戻れないですよね。

この恋愛の四季、「春が一番楽しい」という人が多いだろうなと予想していたのですが、「恋愛の春は必要ない、だって恋愛ってコストがかかるから、もう一気にそれをすっとばして、さっさと結婚したい」ていう若い人がとても多いことに気がついたんです。

「恋愛ってコストがかかる」ってどういうことかと言いますと、「恋人いるのかな」って確かめたり、「どういう食べ物が好きなんだろう。どういうお店をデートに選べばいいかな。高級なお店より大衆的なお店を気に入るタイプかな」とかさぐりあったり、「好きです」って告白して断られてとても傷ついたり、といった「コスト」をかけたくないそうなんです。

例えば、今、恋愛をしようと思ったら、どこで出会うかという問題があります。会社によっては「上司から部下を食事に誘うのは禁止」というところもあるようですし、「恋人はいるの?」なんて言葉を質問するのはセクハラになることもあるようなんです。

そうなってくると出会いが少なくなり、だったら最初から結婚相談所で「お互いが結婚したいと思っている」という前提で、条件をお互いチェックしあって、「じゃあこの人と結婚する」という方がコストがかからないそうなんです。

あるいはマッチングアプリで、たくさんの中から「この人なら条件的にOK」と決めて、「いいね!」を送って、それで向こうもOKなら結婚っていう方が、普通に偶然に知り合って、少しづつ距離を縮めるのより、よっぽどコストがかからないようなんです。

でも考えてみたら、恋愛って比較的最近、作られたものですよね。

大昔に、「すいません、付き合ってください」なんて言ってたはずがないし、ラブレターを書いたりもしたはずないですよね。

もしかして、「恋愛」ってたっぷり時間や余裕や教養がある人たちがやる「高度な知的コミュニケーション」なのかもしれないです。

例えば日本の江戸時代、多くの結婚は「家を絶やさないため」であって、勝手に親同士が相手を決めていましたよね。結婚式の日に初めて相手の顔を見たっていうのも普通だったとよく聞きます。

その感覚がすごく不思議だったんですね。というのは僕は「結婚は恋愛をして、その結果するもの、恋愛の最終地点」だと思っていたんです。

でも江戸時代にはそういう恋愛は存在しなかったはずで、親が決めた相手に疑問を感じることはなかったんですよね。

これからマッチングアプリももっともっと「精度」があがってくると思います。

「これを買った人ならこういうのが好き」という「オススメ」がどんどん精度が上がっているように、「あなたはこの人と結婚した方が良い。オススメ」なんて勝手にコンピューターが選んでくれて、実際そっちの方が、偶然どこかで出会って恋愛するよりもはるかに「コストがかからない」し、そっちの方が恋愛は関係ない分、離婚率が低いなんて結果も出そうです。

恋愛はやっていないんですね。わかってきました。

でも、恋愛ってやっぱり素敵だと思いませんか? そして、恋愛って風邪と同じで、「ああ、このままだと風邪をひいちゃう。安静にしなきゃ」と思っても風邪をひいてしまうように、「ああ、この人、好きになっちゃダメ」って思っても、恋に落ちることもあるように、ほんと運命や偶然が左右します。

渋谷 bar bossa 林伸次

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Source: ハフィントンポスト