iPhoneはなぜガラケーを駆逐したのか。山口周さんが語る、働く人に必要な「美意識」

講演する山口周さん

いまから10年前、どこにも似たような「ガラケー」が携帯電話ショップを埋め尽くしていた。

親指がつく位置には決定キーと上下左右の選択キー、そして下には数字が押せるようになっていて、通話ボタンは必ず左側。どれも折りたたみまたはスライド式がほとんどで、実用的な形をしていた。

これは、度重なる市場調査を反映した「売れる商品」のはずだった。だが、この景色は一瞬で塗り替えられる。

景色を変えたのは、市場の声を無視した一つの商品だった。

2007年6月29日、Apple社からiPhoneが発売された。1月の制作発表では、当時CEOだったスティーブ・ジョブズが「電話を再発明する」とプレゼンした。

なぜガラケー勢は消え去ったのか。そこに、現代日本のビジネス界で巻き起こっている「問題」がある。

世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」の著者である山口周さんは、そう語る。

ハフポスト日本版は9月8日、ポーラ美術館と共に「『直感』頼みの方が、仕事はうまくいく。これからのアート×ビジネスを考える」というアートワークショップを開いた。

ゲストに山口周さんを迎え、ビジネスに生きる人々に必要な「美意識」について考えた。

優秀な人たちが一生懸命頑張った結果…クソビジネスが生まれる

「優秀な人たちが、一生懸命正しいことをして頑張っていくと、ぼろぼろのビジネスができてしまう。このパラドックスから、どう抜け出していくか、これから日本が直面する大きなチャレンジだと思う」と山口さんは分析している。

以前、広告代理店で働いていた山口さん。携帯電話の商戦は、担当している携帯電話メーカーの社内においても「機密性が非常に高く、デザイン案もごくごく限られた人しか触れられないようになっていた」という。

でも、世に出すと「絶対に示し合わせていたでしょ」と思うくらい、同じような商品が並んでいた。

広告代理店やメーカーは「どのような商品が使いやすいか」を消費者に徹底的に調査して、それを基にデザインして製品化、そして広告を考えていく。

客は満足している。なので、見分けがつかない。だから、さらにディープにニーズを調査し、差別化のポイントを見つけようとしていた。防水、耐衝撃性ーー。

そこにいきなり出てきたiPhoneが、市場をかっさらっていった。自分たちがカッコいいと思うものを、「どうだ」と見せつけた。

そこで気が付く。マーケティングの位置づけがいつの間にか、すり替わっていた、と。

「正解のコモディティ化」から抜ける勇気

「マーケティングはとっても役に立つ家来。あくまで主人は自分。自分が『こういうものを出したい、だからどうメッセージを出せば伝わるか、効率的か』を考えるときに使うのがマーケティングなんです」

人間という主体があって、訴えたいビジョン、思いがある。

「ソニーのウォークマンは、消費者調査でボロカスに言われた。録音機能もない。でも作る側は、俺が欲しい、カッコいいじゃん、と出した。人と音楽の距離を変えたい、というビジョンを持っていた」

そして、世の中を変えた。

しかし時が経ち、マーケティングが主人面をして、「あなたたちが作るのは、次はこれだ」と決めてしまうようになる。当の人間は、家来になってせっせと商品をデザインする。

ただ、こうなってしまっても、誰も間違ったことをしたわけではない。みんなが正しいと言われたことを一生懸命しただけだ。

アーティスティックな感性を持ち、「こうしたいんだ!」と思って空回りする人と、非常に情報処理にたけている人なら、企業の採用担当者は後者を採用するだろう。

山口さんは言う。「与えられた目標に対して批判する能力を失った優等生が、極めつけの悪をなす。歴史を見れば、悪人は大したことはしない。何万人、何百万人に影響を及ぼす悪になるのは、そうした優等生なんだ」

このような、コモディティ化した「正解」から抜け出すにはどうするか。

「アートというものにもう一回向き合ってみると、ヒントがあるんじゃないか」と山口さんは提案する。

なぜなら「アートは正解を求めないから」だ。

ビジネスにおける「真・善・美」

では、ビジネスに必要なアートとは何か。

山口さんは、ビジネスには「サイエンス/アート/クラフト」の側面があるという。サイエンスとはマーケティングに基づく数値や、論理的な思考のこと。クラフトとは、経験に基づく知識などを指す。

アートは、「自分はこう思う」という感覚そのものだ。

すべての価値観には「真・善・美」が存在し、さらに「サイエンス/アート/クラフト」を細分化する。

アートにおける「真」は直感、インスピレーション。そして「善」は道徳、倫理、「美」は感性だ。

しかし「俺の直感では、ピンとこないんだよね」は何の説明力も持たない。だから議論すれば負けるし、意図的に保護していかないと、アートは企業の中で失われていく。

「だから、権力に結び付けてあげるというガバナンスが必要になる。AppleのようにCEOが担っているケース、無印良品やユニクロのように、社長から印籠を渡されたデザイナーがいるケースなどがある」と話す。

コモディティ化された正解を抜け出すには、勇気が必要だ。注意したいのは、勇気と向こう見ずな蛮勇は意味が違うということ。

山口さんは「若い時から自分なりの答えを世の中にぶつけていた人が強い。サイエンスの理論武装ができるアートな人間。そして、社会全体の美意識を高めるという意識がほしい」と語った。

美意識ってなんだ…アートを体感してみる

イベントでは、 ポーラ美術館が提案する「対話型」の美術鑑賞のアートワークショップ(AWS)も開かれた。 作品を観ながら、参加者が感じたことを語り合うことでさまざまな視点を共有していく。

画面に映し出された絵画を見ながら、思ったことを次々と発言していく。ファシリテーターを務めるのは、学芸課長の今井敬子さん(写真奥)

普段、だまって鑑賞する絵画も、いろいろな解釈があることに気が付く。参加者は自分と他人の美意識の違い、そして自分の「直感」を「理論」で説明していった。

思い思いに絵画を見て感じたことを話していく参加者たち

組織はアコーディオン。経営で必要になるアートとは

アートの有用性を、個人であるビジネスパーソンから、組織全体に目を向けて考えてみる。最後に、山口さんとポーラ美術館学芸課長の今井敬子さんに、ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎が、アートの力について聞いた。

経営コンサルタントの山口さんは、ビジネスにおける「直感」の重要性について以下のように語った。

〈山口周さん〉

絵を見て議論すると、人によって感じことが全然違う。AWSでも、自分は「水の中の葉」だと思ったものが、他人には「外の葉が水に反射している」と見えていることがあるのだと気が付く。

同じ事象でも、人によって見方、解釈の仕方が違う。解釈が違うものが交換されることで、より立体的な目の前の理解が立ち上がってくる。

「こっから先、うちの会社どうなのか」と考えたときに、いろいろな人がいろいろな意見を対話させることで、全体として今何が起きているのか、立体的な理解を得られる。そうした学習で、組織にインテリジェンスが入る。

一方で、いろんな意見が出て、広がっていったものを、「よし、これでいこう」と収束させるのがリーダーの仕事。

上手なリーダーは、宇宙のように広げて、次の瞬間にレーザーのように焦点化する。

ダメなリーダーは、自分の考えの幅だけで小さく広げる。何となく気に入った意見だけ拾って、案も絞らない。

今の日本企業では、情報を広げるのが難しいのかもしれない。どんな不祥事も根本は似ている。情報が共有できていない。

絵を見て、意見を言うとき、自由に自分の考えを話せますよね。それは「セキュア・ベース(心の安全基地)」だから。でも、意見を潰されたり、「言えないような雰囲気」を作ってしまっていれば、自由な対話はできない。

日本の企業では、なぜか「好きに発言していいよ」と言われて実際に好きに話したら「あの人なんか異動になっちゃったね」なんてことが起きる。

医療事故も、企業での不祥事も、現場は気が付いている。「このまま行けば、トラブルが起きる」ということが分かっているのに、声が上げられない。それが企業のエラーにつながってしまう。

「強い会社」は、トップダウンで決めながら、ボトムアップでたくさんの意見を吸い上げる。その両立が破綻せずに行われている印象です。

今井さんは学芸員として絵画の研究をしながら、フランスで学んだ対話型鑑賞のアートワークショップを日本に持ち込んだ。ポーラ美術館では、企業向けのアートワークショップも開催している。

ワークショップでは、ファシリテーターとして参加者の意見を引き出しながら、「教える」のではなく「問い」を投げかけて、意見を紡ぐ役割を担いながら、思考と対話の活性化を促進している。

より良い対話を引き出すコツについて、語ってもらった。

〈今井さん〉

まずは、皆さんに対してのリスペクトがあります。話がすごく聞きたい。その話をスムーズにしてもらえる、自分でありたいという思いがある。

AWSに参加していただく人たちの意見は、宝の山だと思っている。よく、自分が研究している作品をワークショップで出しています。

研究していて、作品の解釈について「あー、分かんないなぁ、これ何の絵だろう」ってずっと悩むんですが、セッションで「ええ、こんな風に読めるわけ」と色んなことを教えていただく。

自分一人では気が付けないところを、気づかされる。毎回のセッションが楽しみ。

これは、もともと子ども向けに始めたので、知識は置いておいて思ったことを言う、というワークショップだった。でも、人生では経験や知識も大事になってくる。

最後、まとめるときに参加した皆さんが、少しモヤっとした感覚になることがある。そういうときには、歴史上の知識とコネクトしていく。そうしたお手伝いをさせてもらっている。

純粋に、アートを楽しむ

山口さんが、アートに触れた初めての経験は、祖父母の山荘だったという。幼いころの夏休み、行ってもやることがなくて「無茶苦茶ヒマだった」。

そんなとき、山口少年はとにかく楽しめる可能性のあるものを血眼に探した。そこで出会ったのが、買ってから全然読まれてなさそうな「美術全集」だった。

たまたま手を伸ばしたのは、スペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)。バッと開いたら巨人の絵があった。「なんじゃこりゃ!」と驚くと同時に、そこに真実があるような気がした。

ホンジュラス・ナショナル・アート・ギャラリーで2003年に開かれた「フランシスコ・デ・ゴヤ」展

興味ない作品は素通り。でも魅かれる作品には足を止め、その先の背景も知りたくなる。画家から、ほかの画家に行く。そうした面白さの連鎖は「音楽を聴くときと似ている」と語る。

「アートに触れる」のは、ちょっと高尚でハードルも高いと感じている人が多いかもしれない。

最後に、山口さん、今井さんが語った「アートを楽しむポイント」を紹介したい。

山口さんは「心惹かれる作品をまず取っ掛かりにして、マップができる。好きな絵も変わっていく。リテラシーが身についていって、さらに好きになっていく。好きの境界領域が広がっていく」と話す。

今井さんのポイントは「揺さぶり」。「アートで、自分を変えてくれるような出合いがある。何度あっても揺さぶられる」と話す。

まずは週末に、新しい出合いを求めて絵画を観に行くところから、出発するのもいいかもしれない。

アートとビジネスが融合する「アタラシイ時間」。

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人生を豊かにするため、仕事やそのほかの時間をどう使っていくかーー。ハフポスト日本版は「アタラシイ時間」というシリーズでみなさんと一緒に考えていきたいと思います。「 #アタラシイ時間 」でみなさんのアイデアも聞かせてください。

Source: ハフィントンポスト