〈怒り〉と〈憎悪〉の違いとは? 

バージニア州シャーロッツビルで、白人至上主義者と反対派が衝突してから一年が経つ。事件後、トランプ大統領が「双方に責任がある」と発言したことに、アメリカ国内だけではなく世界中から批判が殺到した。同時に、トランプ大統領の発言に共感した人もいた。白人至上主義者と反対派に大きな違いはない。つまり、「どっちもどっち」という意見である。

先日、二松學舍大学文学部専任講師の荒井裕樹氏にインタビューした。その中で彼は、「差別に対して、もっと怒っていいと思う」と語った。しかし、〈怒り〉と〈憎悪〉は違う。

〈怒り〉っていうのは、相手と生きていくために、相手の存在を認めて示す表現だと思います。相手と一緒に生きていくことが前提の感情ですよね。憎悪っていうのは、相手と一緒にいることを拒絶する感情だと思うんです。つまり、相手の尊厳をおとしめて、相手の存在を受け入れたくない。一緒に生きていくことをしないための感情表現が、〈憎悪〉だと思うんですね。

ー 「障害者も生きたい 荒井裕樹氏インタビュー」より

彼の話を聞いて、シャーロッツビルでの白人至上主義者と反対派の違いが明確になった気がした。白人至上主義者の動機は「Hate(憎悪)」であり、反対派の動機は「Anger(怒り)」だったのだ。

近年、自分と違う他者への差別意識は世界中に広まっていると感じる。日本も例外ではない。2年前に起こった相模原障害者殺傷事件や、杉田水脈議員のLGBT差別発言に対して、怒りを覚えた人は多いと思う。その怒りこそが、社会改革への原動力となる。

アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として一生を捧げたキング牧師は、白人至上主義者の〈憎悪〉と戦った。差別は許されないと激しく怒った。しかし、彼は他者に対して〈憎悪〉をあらわにすることは決してなかった。むしろ、私たちの運命はひとつであり、私たちの存在は相互につながっていることを強調した。

人は兄弟姉妹として、一緒に生きていくことを学ばなければいけない。それが出来なければ、私たちは愚か者として共に滅びることになる。これは今日、私たちが直面している大きな問題である。ひとりで生きていける人間はいない。私たちはつながっているのだ。

〜キング牧師

(2018年8月7日「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)

佐藤由美子(さとう・ゆみこ)

ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院を卒業後、アメリカと日本のホスピスで音楽療法を実践。著書に『ラスト・ソング』『死に逝く人は何を想うのか』。

Source: ハフィントンポスト