なぜ林真須美が“犯人”にされたのか 検証「和歌山カレー事件」(1)

看護学校時代の林真須美(19歳)

1998年7月25日に発生した和歌山毒物混入カレー事件(以下、カレー事件)は、あらゆる意味で異例の事件だった。

地域の夏祭りでカレーライスに毒物を混入し、不特定多数の住民たちを殺傷するという罪質の残忍性。当初の「集団食中毒」から、「青酸化合物混入」、「ヒ素混入」と原因の見立てが二転、三転したこと。限られた地域で起きた事件ならではの住民たちの疑心暗鬼、さらには犯人についての密告合戦。地方の住宅街に住民の数を上回るマスコミ関係者が2カ月以上も居座り続けるという異常な報道態勢。また、事件発生時、保健所や病院が患者に対し適切な処置を行わなかったとして遺族らから訴えられたり、公判で被告人林真須美(正しい表記は「眞須美」)が黙秘したため、弁護団に抗議が殺到したりもした。

林真須美は2009年に最高裁で死刑が確定した。判決文には、彼女を有罪とした根拠が次のように述べられているのだが、2018年現在、これらの根拠がすべて揺らいでいる。

被告人がその犯人であることは、(1)上記カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜砒酸(引用者注・ヒ素)が、被告の自宅等から発見されていること、(2)被告人の頭髪からも高濃度の砒素が検出されており、その付着状況から被告人が亜ヒ酸等を取り扱っていたと推認できること、(3)上記夏祭り当日、被告人のみが上記カレーの入った鍋に亜砒酸をひそかに混入する機会を有しており、その際、被告人が調理済みのカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていたことも目撃されていることなどを総合することによって、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されていると認められる。

(1)については、京都大学大学院の河合潤教授の再鑑定によって、カレーに混入された亜ヒ酸と、林宅から発見された亜ヒ酸は「同一ではない」ということが証明されている。この事実は、すでに2012年に発表されているのだが、ほとんど世間に認知されていない。

(2)についても、河合教授は鑑定に過誤があったと指摘している。

(3)の”林真須美しか、カレーにヒ素を混入する機会がなかった”という結論は、警察が住民たちの証言をもとに1分刻みのタイムテーブルを作成し、”消去法”によって導き出した。

しかし、事件発生直後の報道では「時間の証言に裏付けのある人はまれで、総合すると最大で五十分前後の開きがあった」(朝日新聞)。どうやって1分刻みのタイムテーブルを作ったのだろうか。

また、同じく事件発生直後、カレーライスを担当した主婦のうち1人が、「知らない人も出入りしたが、当番でコンビを組んだ相手の知り合いと思った」(同上)と述べている。それにも関わらず、「犯人は夏祭りの関係者の中にいる」という前提で、”消去法”による捜査が行われたのである。

そもそも真須美は、カレー鍋の近くにいたときは次女もずっと一緒におり、一人でいた時間などなかったと述べている。もちろん、誰も彼女の言い分になど耳を貸さなかった。

真須美が「調理済みのカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていた」という目撃証言についても、服の色や髪の長さなどから、目撃者が見たのは真須美ではなく、一緒にいた次女である可能性が高い。しかも次女がふたを開けた鍋は、2つあったカレー鍋のうち、ヒ素が混入されていない方の鍋だった。ヒ素が混入された方の鍋は、目撃者からは死角になり見えなかったということが、死刑確定後の再調査によって明らかになっている。

つまり最高裁の判決文は、「合理的な疑いを差し挟む余地」だらけなのである。当然ながら弁護団は再審請求を行い、河合教授によるヒ素の鑑定書も提出したのだが、2017年3月、和歌山地裁は請求を棄却した。弁護団は即時抗告するとともに、有罪を根拠づけたヒ素鑑定を行った大学教授らを相手取り、6500万円の損害賠償を求める民事訴訟を提起した。

それにしても、なぜ林真須美は、動機不明、自白なし、状況証拠のみで有罪、死刑とされてしまったのだろうか。次回から、報じられていないカレー事件の裏側について、書いていきたい。

(文中、敬称略)

田中ひかるのウェブサイト

http://tanaka-hikaru.com

Source: ハフィントンポスト