定年退職後の再雇用、仕事内容が同じなのに賃下げは許されるか?(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)

先日、働き方改革関連法案が可決されるに先立って、最高裁で「同一労働、同一賃金」に関する2つの判決があった。再雇用社員や契約社員の給料の額や賞与、どの手当が付くか、これから定年で再就職(再雇用)する人、あるいは現役社員にとって大いに関心のあるところだ。ここでは再雇用社員の訴えに絞って、仕事と給料について考えてみたい。

■「労働と賃金」とはどういう問題か
判決の趣旨を簡単にまとめると、正社員と再雇用社員の賃金格差は一概に不合理とは言えない、諸手当は「賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき」とした。その上で、精勤手当の支払いは認められたが、能率給や職務給、賞与、住宅手当や家族手当などは認められなかった。時間外労働手当については東京高裁に差し戻された。要するに各手当を払うかどうかは、会社ごとに社員との契約事情によるということだ。

そこで「労働と賃金」が問題となる。同じ労働であれば同じ賃金というのは本来至極シンプルなことだ。それがどうして、ここまでもつれるのだろうか。そこには労働と賃金という本質について社員と会社側ではとらえ方が違うからではないか。あるいは「労働」というとき、その仕事の中身に単純に賃金だけで言い切れない何かがあるからではないのか。

■同じ仕事内容で賃金だけ減る
会社にとっては定年後に社員が今までと同じ職場に残って同じ仕事をして働くにしても、制度上はいったん定年退職した以上は賃金を下げても当然と考える。つまり正規社員の就業規則とは違う雇用契約となる。もう身分が違うのだから待遇も違って当たり前ということだ。

再雇用した高齢社員はこれから生産性が落ちていき、遠くない先に会社を出ていく身である。そこに高い賃金を出すよりは新しく入ってくる若い社員にお金を振り向けたいという理屈だ。第一今まで通り高齢社員にそれなりの賃金を払っていたら会社が回っていかない。だから賃金は例えば半分にする。

これは一見もっともである。日本の賃金カーブからいって、定年直前までに膨らんだ賃金は、本来の能力に見合った金額に見直すべきだ。世間の常識からも、再雇用者の賃金を何割か下げることは全く問題ない。では何が問題なのか。それは「労働」の質である。

定年の前と後で同じ職場、同じ仕事、同じ内容だから問題が出てくる。会社が賃金を下げるのだったら、仕事の中身、質、量、時間、心的・身体的負担、責任の度合いも減らさなければならない。再雇用というだけで何も変えずに単に賃金だけを減らそうとするからもつれるのだ。

■賃金を下げるなら責任も減らす
特に今回判決の小規模運送会社の場合、再雇用と同時にその熟練社員の仕事を急に半分に減らしたら経営が難しくなる。その分をやる人材が育っていないことがあるからだ。そうであれば再雇用前と同じ仕事でも責任の重さを減らしてやればいいことになる。ここで責任というのは、仕事の遂行責任ではなく管理責任(管理職としての責任)のことである。

大型トラック車両の運転手という特殊職能を持つベテラン社員であれば、仕事そのものに大きな遂行責任とともに管理責任もあったはずだ。幹部社員としての管理責任を外してやるだけで社員はずいぶん楽になる。ストレスも減って再雇用前と同じほどの仕事なら、賃金が半分になっても納得がいくだろう。なにしろ幹部社員の賃金の半分は管理責任の重さにあると言っていい。

ところが今回の裁判では、仕事内容は再雇用前と全く変わらないという社員の訴えである。仕事内容とは責任の度合いも含む。以前と何も変わらないということは、責任の度合いも同じまま引き継いでいるということだ。これでは訴えた社員の納得がいくはずがない。

賃金を下げるなら仕事を減らすか、仕事が減らせないなら責任も大幅に外してやることだ。管理責任とともに権限を移譲できるだけの後進社員が育っていないというのは会社側の問題にすぎない。

■再雇用社員には管理職手当は付かないのか
どうして今回のような判決が出たのか。それは「同一労働」の中には上記の責任の観点が抜けているからではないのか。同じ仕事でも、そこから権限と管理責任を除いてやれば、賃金は大幅に下がってもいいはずである。

例えば同じ机の上で書類を作成する業務でも、単に書類を作成する者と作成したものを審査して自分のハンコを押す者とでは格段に責任の重さが違う。責任が重いから大きな権限がある。トラブルがあれば責任者は減給や降格もある。だからこそ管理職は給料(ストレスも)が高い。

訴えた再雇用社員は、役付手当が正社員に支給され再雇用社員に支給されないことも不合理理であると主張している。この会社では役付手当が年功給、勤続給的性格のものであるとしており、一般にいう管理職手当のようなものだとすると、再雇用後の「労働」の中には管理責任があるのにその手当が賃金に含まれていないことになる。ところが、役付手当は再雇用社員に支給されないことは不合理ではないと判断された。

■「労働」と「賃金」との関係性は定年前と同じか
さらに判決文でおかしなところがある。再雇用者は、定年退職時点まで賃金をもらい続け、退職金ももらえる。退職後は老齢年金ももらえる。だから、再雇用者はこれまでと同じ仕事をしていても賃金が下がるのは当たり前という論だ。

しかし現役時の労働に対する「退職金と公的年金」は、再雇用後の「労働と賃金」とは本質が全く別である。本質が違うものを2つ持ってきて、(A)をもらえるから、(B)は少なくてもいいという関係性は成り立たない。

問題の本質は「労働」と「賃金」との関係性が、定年前と定年後と同じかどうかということである。定年前には「10」の仕事をやれば「10」の給料がもらえた。それが定年後は同じ「10」の仕事で「5」の給料しかもらえない。

再雇用で給料が半分になること自体がおかしいのではない。仕事が「5」になれば「5」となっても納得がいく。今まで通り「10」の仕事をさせておいて給料を「5」に下げたいなら、「10」の中から責任やら負担をそぎ落として「5」のレベルにしなければならない。定年の前と後で「労働」と「賃金」が同じ関係性で保てないから、詐欺にあったように思えてもおかしくない。

なにも再雇用者のことばかり肩を持つつもりはない。会社が再雇用者に従来通りの賃金が払いにくい事情はわかる。ただ、再雇用される社員側の立場と心情にも触れて、労働と賃金の問題を解決していかなければ、今後も裁判は起こるだろう。特に賃金格差が不合理かどうかは「各賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき」とされたのだからなおさらである。

今回の判決は現役社員にも影響する。「労働」の中に何が含まれているのかいないのか、賃金が見合っているのかどうか。これらを「個別に考慮」しなければならない。まずは今から、自分の会社の再雇用制度や契約制度がどうなのかをきちんと早めに把握しておくことだ。

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野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

Source: ハフィントンポスト