著名人の知られざる「台湾ルーツ」を発掘 『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館) 著者・野嶋剛さんインタビュー–野嶋剛

――本作『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)には、政治家の蓮舫さん、女優の余貴美子さん、作家の陳舜臣さんなど、台湾にルーツを持つ様々な著名人の物語が描かれています。執筆の動機は何だったのでしょう。

 ご本人やご家族が台湾出身であることは知られているけれども、なぜ日本で人生を歩むことになったのかということまでは知られていない。そんな彼らのルーツを辿り、今の活躍の背景にある家族の物語を書きたいと思いました。

朝日新聞の台北支局長として2007年から2010年まで台湾へ赴任していた私は、その間に心に留めていたテーマを、帰国以来、書いてきました。最初に出版したのが、中国と台湾両方に存在する「故宮」の成り立ちに迫った『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)でした。

 そして今回の『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』で、台湾赴任時代に得たテーマは書き切りました。そういう意味では集大成ですね。取材開始から出版まで5-6年といったところでしょうか。

「時代を創った女 ジュディ・オング 日・中・台をつなぐ『血脈と人脈』」(『文藝春秋』2012年5月号)の取材で、ジュディ・オングさんにインタビューしたのが最初です。ここでは詳しくお話ししませんが、驚くべきことに彼女という1人の人間の中に日本、台湾、中国の複雑な関係性が内在していた。つまり、彼女を通して日台中の複雑に絡み合った近現代史が書けるということ。これは1つのノンフィクションになるぞ、と気持ちが高ぶりました。

 ただ、1人に絞ると単純な評伝にしかならないし、台湾の人たちの特徴である多様性を捉えきれない。

 彼らの中には、戦前から日本に居住する人、戦後に大陸から来た人 、戦後台湾から日本へ渡った人など、様々な背景事情をもつ人々がいます。当然、国家観やアイデンティティーもまちまちなわけですから、これを単純化するよりも、台湾の複雑で多様な事情をそのまま描き出し、それが故に面白いところを浮かび上がらせたいと思った。

 そこで9人に1組の親子を加えた11人の10家族を取り上げました。王貞治さんのように、台湾国籍でもご家族を含めて現地での生活経験がない方は、選んでいません。

――蓮舫さんには、まさに取材最中に「二重国籍問題」が持ち上がりましたね。

 前々から予定していたインタビューをキャンセルしたいと言われ、何とか説得して会えたものの、当然、ご本人の口は重い。非常にセンシティブなことも聞かないといけないので、一番苦労した取材でした。

 ただ、二重国籍問題は、私が書きたいと思っている主題を浮かび上がらせるうえでは、良いきっかけになります。

 日本では二重国籍をネガティブに受け止める傾向がありますが、台湾は戦前の日本統治時代は紛れもなく「日本」だったわけです。その「帝国の臣民」として台湾から日本へ渡った人たちの中には、台湾と日本という2つの祖国が存在している。国籍はその表層に過ぎません。

 蓮舫さんの場合は、お父さんが台湾人、お母さんが日本人なので、台湾のルーツは父方にあります。私が物語のキーパーソンになると思ったのは、父方の祖母である陳杏村さんでした。 

 戦前に日本占領下の中国・上海でタバコ販売会社を経営し、戦後は日台を股にかけたバナナ貿易で巨万の富を得た、いわば女傑。日本軍に戦闘機を2機プレゼントしたなどという逸話が残っていますが、謎に包まれた部分も多い。

 そこで、台湾で古い新聞や書籍に当たったところ、たまたま彼女を調査したことのある日台関係史の研究者に話を聞くことができ、良い資料に出会えた。今回、陳杏村さんの知られざる過去を明かしています。

 私がここまで調べてくるとは、蓮舫さんも思っていなかったでしょうね。陳杏村さんは彼女が小さい頃に亡くなっているので、知らなかったことがたくさんあると思います。

 蓮舫さんに対して本書ではかなり厳しい意見も書きましたが、どの方についても自分が感じたことを素直に書いたつもりです。

――エコノミストのリチャード・クーさんと辜寛敏(クー・クワンミン)さん親子の物語にも、こちらが冷やっとするような記述がありました。

 彼は日本で野村総合研究所の主席研究員として知られていますが、実は日本統治下の台湾で「5大財閥」と呼ばれた名家の1つ「辜家」の出身です。

 父の辜寛敏さんは台湾の実業家であり、独立運動家であり、民主進歩党の大スポンサーでもある。蔡英文総統の顧問もしています。台湾の経済界は統一派の国民党との付き合いが深いので、実業家でありながら独立派の民主進歩党を支持する珍しい存在。

 戦後から1990年代まで日本で過ごし、1972年の日中国交正常化の裏では、日本政府の「密使」を務めました。

 私はこれまでに何度か取材をしているのですが、会う度に恰好良い洒落たおじさんだなあと思います。女性にモテるのが分かるなあと。

 そこにリチャード・クーさんの件の発言が絡んでくるのですが、彼は13歳の時に母、弟とともに渡米し、辜寛敏さんと離別しています。その理由について親子が全く違う説明をしたのが、面白かったですね 。

――取材をした中で一番意外性があったのは、余貴美子さんだったとか。

 彼女は中国「漢民族」の少数民族「客家」にルーツがあります。客家は独特な言語と生活習慣を持っていて、何よりも「自分たちは客家だ」という強い自負がある。

 少数民族なので勤勉に努力しないと生き残れないという意識が強く、とにかく子供に勉強させます。親が借金してでも勉強させるため、結果としては良い人材が多く輩出する。ちなみに蔡英文総統も客家です。

 客家は、どんな状況にあっても負けない、心を折らないんだという信念を持っているので、土壇場に強い。

 それって余貴美子さんにも通じるところがありますよね。スクリーンで異彩を放っているじゃないですか。少ししか登場しなくても、忘れられないインパクトを残す。

 あの存在感はどこから来るんだろう、あの強さの源を知りたいと思い、余貴美子さんに会いに行きました。その時、客家の精神と繋がっているからなんじゃないかと仮定して行ったのですが、予想以上に客家との結びつきが強かった。

 余貴美子さんが「日本や台湾、中国というより、私は客家」と明言したことが、とても印象的でした。彼女の中で、自分は客家として生きているんだという意識が強まっているそうです。客家というファクターによって余貴美子さんに変化が起きている、というのが取材の結論です。

――今回、タイトルに「台湾人」ではなく「タイワニーズ」という言葉を使ったことには、どんな意図が込められているのでしょうか。

 日本で「台湾人」と書くと、「中国人」の対義語として政治的な意味合いを孕んでしまうし、意味も固定化してしまいます。彼らは時に「台湾人」でも「中国人」でも「日本人」でもなければ、「台湾人」でも「中国人」でも「日本人」でもある。そこで「タイワニーズ」という英語表記にしてみました。

 本来の「タイワニーズ」という言葉は、日本における「台湾人」と同じ意味合いを持つので、「チャイニーズ」の対義語として使われますし、台湾の主体性を認めていない中国では使われません。

 でも、日本人が「タイワニーズ 」と聞くとほわっとするというか定義の境界線が曖昧になるので、台湾の人たちの無国籍性を強調したい本書の趣旨にも合致すると考えて、転用させてもらいました。この言葉は、最初の企画段階から念頭にありましたね。

 一方、サブタイトルの「故郷喪失者の物語」は、書きながら行き当たったものです。この人たちは何を失ったんだろうと考えていくうちに、故郷なんだと、もともとの故郷を失いながらも新たな故郷を求めた人たちの物語なんだと気が付きました。

 日本は日清戦争(1894~1895)に勝利して台湾を勝ち取ったものの、第2次世界大戦に敗れて手放し、1972年には中国と国交を結ぶために外交関係のあった台湾と断交した。言わば、彼らは日本に2度棄てられたわけです。

 日本を恨んでもおかしくない状況なのに、日本の中で生き、日本に対する愛情もある。そういった葛藤や矛盾した気持ちというのが、僕が描きたかったところです。

――その「故郷喪失者」という表現がまさに当てはまるのが、作家の陳舜臣さんですね。野嶋さんが中華圏に興味を持つきっかけも、陳舜臣さんの作品だったとか。

 子供時代、横山光輝さんの漫画『三国志』が好きで、そこから陳舜臣さんの作品に移ったんですが、深くて難しいので、一度読んだだけでは分からない。それにハマり、いつか大学で中国語を勉強しようと子供ながらに思っていました。その通りに大学在学中に香港と台湾へ留学し、今がある。

 陳舜臣さんの作品は僕の人生の中で凄く重要な著作なので、彼を取り上げることは僕にとってとても意味のあることでした。

 戦前に兵庫県神戸市で「日本人」として生まれた陳舜臣さんは、日本の敗戦によって台湾へ渡りました。日本という故郷を失ったわけです。けれど、1947年の「2.28事件」(国民党による台湾民衆の弾圧事件)以降、国民党の蒋介石による弾圧が台湾全土に広がり、3年半で再び日本へ戻り、今度は第2の故郷である台湾を失った。

 その後、日中国交正常化に伴い「中国人」となった彼の心は大陸中国へ向かい、しばらく中華人民共和国と近い文化人として日本で活躍していました。しかし、1989年の天安門事件に絶望し、中華人民共和国籍を放棄。故郷を失うのは3度目でした。 

 この過程を見た時に、この人こそがまさに「故郷喪失者」なんだと思いました。故郷を失っては新しい故郷を求め、彷徨う。彷徨って彷徨って最後に行き着いたのは、やはり台湾と神戸だったのだと思います。

――日本人は台湾のことをあまり知らないと思います。どういうことを伝えたいですか。

 台湾は長く日本社会で忘れ去られ、無視されてきたテーマです。この状況をひっくり返したいというのが、僕の出発点でした。

 日本ではここ数年、台湾ブームが起きています。2011年に東日本大震災が起きた際、台湾国内から200億円の寄付がありました。私たちにこんなに良くしてくれる台湾ってどんな国なんだろうとの思いがキッカケとなり、台湾への観光旅行が増え、台湾の食べ物が人気を集め、台湾のイメージがアップしたわけです。

 でも、それまでは忘れ去られた存在だったし、今も台湾の政治や社会、文化へは関心が十分に深化していない。中国や韓国に比べて、日本人の理解が台湾にまだまだ及んでいないところがある。その理解の欠けているところを埋めていきたいなと思ってきました。

 この本を読んだ方の思いが、あの人たちはこんな経緯を経て日本で頑張っているのかと、彼らの存在があったからこそ、日本と台湾の繋がりが弱い時期でも日本の中で台湾という存在が消えることがなかったんだというところにまで、辿り着いてくれたら嬉しいなと思います。


野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2018年6月27日フォーサイトより転載)

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Source: ハフィントンポスト