紙からスマホへ。東村アキコさんが「縦読みマンガ」の無料連載を始めた理由

東村アキコさん

『東京タラレバ娘』や『かくかくしかじか』などで知られる漫画家、東村アキコさん。東村さんはいま、「ウェブトゥーン」と呼ばれるスマホ向けの縦読みマンガに挑戦している。

ウェブトゥーンは、Web(ウェブ)とCartoon(マンガ)を組み合わせた造語で、韓国の若者世代を中心に発展した。1枚ずつページをめくるのではなく、スマホ画面を縦にスクロールすることでマンガを読む。

東村さんは2017年12月、韓国発のマンガアプリ「XOY」で、アラサー女性を主人公にした『偽装不倫』の日本語・韓国語版同時連載を開始。毎週土曜に更新され、1日1話、無料で読むことができる。(日本語版は現在LINEマンガで連載中)

紙からスマホへ。20年のキャリアを持つ人気作家が、新しいマンガ表現に踏み切った理由は何なのか? 東村さんの仕事場を訪ねた。

漫画家の東村アキコさん。今は紙の原稿ではなく、iPadとペンタブでマンガを描いている。アシスタントが使うのもiPadだ。

縦スクロールは、「やればすぐに慣れるだろう」

━━先生の作品をずっと紙のコミックスで読んできました。紙で描いてきた漫画家さんが縦スクロール(縦読み)マンガを始めるのは、かなり思い切った決断だと思うのですが…。

縦スクロールは、やればすぐに慣れるだろうな、というか。

描き方自体は実は今までと変わらなくて、私は普通のマンガと同じように1ページずつ描いてるんですよ。

1ページの原稿に描いたものを、編集の方が1コマずつバラして、縦スクロールの形に割り振ってくれるんです。

「偽装不倫」の41話より。従来型の原稿に描いた絵やセリフを、編集者が1コマずつバラして「縦読み」の原稿にしているという。全コマがフルカラーだ。

//www.instagram.com/embed.js<「偽装不倫」の線画。>

━━ウェブトゥーン(縦読みマンガ)の連載を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

まず、数年前から白黒で描くのもカラーで描くのも手間はあまり変わらないな、と思っていて。

今はデジタルが普通になってきてるんですけど、スクリーントーンを貼るのは結構手間がかかる作業なんです。カラーは色を決めて塗るだけだから、むしろカラーの方が速いんじゃないか、と。

そもそもトーンって活版印刷の技術で、白黒の紙で色の濃淡を表現するためにあるんですよね。スマホ向けのウェブトゥーンはフルカラーが基本なので、このデジタルの時代に白黒のトーンを貼る意味って何なのか?と思っていたんです。

そのタイミングで連載の話をいただいて。

私の場合フルカラーでも速さは変わらないだろうし、白黒のマンガばかりだとこの先ダメじゃないかと思っていたので、連載を始めました。

━━紙の方がいい、という作家さんもいると思います。デジタルに抵抗はなかったのでしょうか?

私は、そんなに抵抗はなかったんですよね。

私としては、デジタルに移行しても何も困らないし、むしろ旅行先に10冊マンガを持って行くよりiPadで読めるなら、それがいいかなって思っています。

「コミック誌を毎月読まない」現代の中高生

━━電子化が進み、マンガの読まれ方はどんどん変化しています。去年夏、先生が京都精華大学の講演で話していたエピソードが印象的でした。福岡の中学校に行った時、コミック誌を読んでいる中学生が全然いなかったと…。

そうそう。

私達が子どもの頃は、「りぼん」とか「ちゃお」とか、毎月必ず読んでいたじゃないですか。男子は「ジャンプ」や「マガジン」、「サンデー」を読んで、みたいな…。

でも、福岡の中学校で講演会をした時、「定期購読している雑誌がある人」って聞いたら、手を挙げたのがたった3人で。おもしろかったから、写真を撮ったんだけどね。

東村さんが見せてくれた写真。「雑誌の定期購読をしている人」という質問で、手を挙げたのはたった3人だった。

講演する時にこういう質問を聞くようにしてるんですけど、10年前は、手を挙げないとしても「すみません、読んでないんです」って罪悪感が漂う空気があったんですよね。

それが、この時はみんなが「ん?何を聞かれてるのかな?」って顔をしてた。「雑誌の定期購読ってどういうこと?」みたいな。

「定期購読」の概念すらない世代、という感じがしたんです。

━━それは衝撃を受けますね。

それで、手を挙げた3人に何を読んでいるか聞いたら、親が買っている「まんがライフオリジナル」が1人、残り2人は「ジャンプ」でした。

実質2人だな、と思ったの。この子たちが高校生になり、大学生になる未来を考えた時に、「これはもうダメだな」と思ったんです。

ウェブトゥーンの連載で「外見至上主義」という人気作品があるんですけど、「じゃあ『外見至上主義』を読んでいる人?」って聞いたら、みんなが知っているような反応だった。

その時に、雑誌じゃなくウェブトゥーンを読んでるんだな、って実感しました。

うちの子も中学生なんですけど、私がどの雑誌でどんな連載をしているか全然知らないのに、ウェブトゥーンで連載を始めた時だけ「みんなが言ってる」って唯一反応があって。

だからもう、そういう時代なんですよ。しょうがないんです。

雑誌でやっていると、「お客さんの実体が見えづらい」

━━紙でマンガを読んでいた世代としては、寂しい気持ちもあるんですが…。

でも、もう雑誌でやっていてもどうしようもないと思います、私は。固定のお客さんはもちろんついてくれているけど、雑誌を毎月買ってくれる人はよほどのマンガファンか、関係者だけ。

昔を懐かしんだり振り返ったり、「あの頃の雑誌はよかった」とか言っても、意味はないんです。どんどん変わっていくし、その変化に自分が合わせていくしかない。時代は戻らないですから。

昔はメインとして載ってる人気作家さんの作品と一緒に、新人の作品もいっぱい載っていて、それも全部読んでたでしょう? 端から端まで。その人が成長していくのを見守る、みたいな。

でも、今はお笑いもそうだけど、「面白いものだけ見たい」という文化になってきている。雑誌文化が時代と合わなくなっているんだと思います。

私はよく雑誌を「船」に例えるんですけど。

━━「船」ですか?

雑誌がタイタニックみたいな大きな船で、編集や漫画家を船で演奏するオーケストラだとすると、今はお客さんがほとんど乗っていない船みたいなんです。

一応たゆたっているし、その船でみんなずっと暮らしてはいける。でも、お客さんの実体が見えづらいんです。

こっちは演奏しているけれど、お客さんがホーンテッド・マンションの「透明な人」みたいなイメージ。

反響がないんです、雑誌でやっていても。10〜15年前はみんなアンケートに感想を書いてくれたり、ファンレターが届いたり、ネットに感想が上がったりしたけど、今はそれほどの反響がない。

今まではメインのピアニストのファンがたくさんいて、オーケストラの一員でも食っていけた。それが、いきなり荒波に放り出されて、自分で小舟を漕いで釣りをしながら食っていく、みたいな世界になってる。

あとは港や道端で演奏して、チャリンチャリン小銭を稼ぐという…。

だったら私は港に行って、少人数しか小銭を払ってくれないけれど、生身の人の前で演奏したいな、という気持ちでいます。

━━すごく厳しい時代に突入していますね。

若い世代がマンガをまったく読んでいない、というわけではなくて。「東京喰種」とか「亜人」、「進撃の巨人」とか、作品単位で1日1時間くらいは読んでいるのかな、という印象はあるんですよね。

だから、今後はビーチフラッグみたいに、その1時間をどう奪い合っていくか。厳しいですけど、その勝負に乗り込んでいくしかないと思います。

同時に複数の連載を抱える東村さんは、漫画家の中でも有数の筆の速さを持つ。

でも、あまり儲からない? ウェブマンガの課題

━━ウェブトゥーンでの連載の反響はどうですか?

もちろんいい反応もあれば、もうちょっとこうしたら?みたいな感想もあるんですけど、すごく反響があるんですよね。

やっぱり嬉しいですし、やりがいがあります。「お客さんはここにいたんだ」という感じがします。

━━私も縦Uスクロールマンガを読みますが、一方で見開きを使った大胆な表現がないなど、紙と比べて物足りなさも感じます。

そこは、ウェブトゥーンが負けるところで。見開きの迫力を見せられないから、動きがあるバトルものとかスポーツものとか、向かないジャンルもあるんですよね。

どちらかというと、会話劇とかの方が向いてる。映画で例えるなら、『アベンジャーズ』みたいなものはやりにくいけれど、『かもめ食堂』みたいなものはやりやすい。

だから、紙で、見開きでやってほしいな、と思うマンガもやっぱりあるんですよね。

「偽装不倫」43話より。ウェブトゥーンには「背景を描き込みすぎない方がいい」などの特徴もあるという。

一方で、より内容の質が高いものが求められるようになるのでは、とも思っています。イラスト付きの携帯小説と似たようなものだから、小説的な要素や面白さがないと持たないのかな、と。

雑誌だと見開きでバーンって勢いで見せられるけど、そういうのが通用しないから。読ませる力がある作家の方が上手くいくのかな、という気がしますね。

ただ、あまり儲からないと思います。漫画家を目指している若い子がここに参入して、食っていけるように頑張ろうと思っても、今の状況だとなかなか厳しい。

━━そうなんですね…。

雑誌文化が衰退してきてるから、雑誌に「見切り」をつけてウェブをやってるのでは、と感じる人もいると思うんですけど、そうじゃなくて。こっちが儲かる、というわけじゃないんです(笑)。

雑誌なら、若くても新人だとしても、暮らせる程度の原稿料をちゃんともらえるんですよ。売れっ子の先生が頑張ってくださるおかげで原稿料をもらえるのが、雑誌システムのいいところで。

ウェブの場合は、完全に一匹狼になってやるわけだから。雑誌で連載するほどの給料が出るかと言えば、難しいですよね。だから、「それでもやるのか?」という話になってくるんですけど…。

でも、それでもやる人が天才なのかな、とも思うので。逆に絞れていいのかな、とも思うんですけどね。

表現が限られることと儲からないこと。ウェブトゥーンのデメリットと改善していくべきところはそこだと思います。

━━稼げるかどうかは、いずれ紙とデジタルが逆転するのでは、とも思うのですが…。

でも、ウェブトゥーンは基本的にタダのコンテンツですしね。とんでもない才能やアイデアがある人はちゃんと稼げると思いますけど、そもそも若い子がお金を出す文化があまりないので。

だから、バイトをしながらマンガをやっていくしかないんじゃないかな。こういう話は、京都精華大学の講演でも話しました。

日本と韓国、2カ国で連載する難しさ

━━『偽装不倫』は韓国語に翻訳され、韓国でも連載されています。グローバル展開も視野に入れているのでは?

私はK-POPがすごく好きなんですけど、K-POPがYouTubeとか無料コンテンツを戦略的に使って、世界中に広がっていくのをリアルタイムで見ていて、本当に驚いたんですよね。

最初はまさかそんな日がくるとは思ってなかったんだけど、とうとうBTSがアメリカの番組に出演し始めて。その時に、韓国のコンテンツの拡散力ってすごいな、と。

その拡散力にちょっと乗っかってみたいな、と思ったのが、韓国のマンガアプリで連載を始めた理由の一つでもあります。

あと、K-POPのアイドルの子に私のマンガを読んでもらいたい、という。これが大事なんですよ。

━━そういう理由もあるんですね(笑)。

でも、そういう理由もないとやらないでしょう?毎週毎週、やらないですよ。儲からないって言ってるんだから(笑)。

ただ、グローバルで垣根なくやっていくと言ったって、やっぱり政治状況によって摩擦が生じることは多いので、乗っかればいいという単純な話でもないんですよね。

国際的に仕事をすることの怖さやリスクは、やっぱりある。だから、日本は日本でちゃんとコンテンツを作って、自分の国で根を張って頑張ることもしないと絶対にダメだ、と思っています。

━━リスクはあれど、『偽装不倫』を読んでいる韓国の子と日本の子が同じ話題で仲良くなれるとか、そういう繋がりが生まれたらいいのかな、とも思います。

それはあるかもしれないですよね。結局マンガとかアイドルとか、エンターテインメントの究極の良さって、誰かを元気にできるとか救いになるとか、そういうところにありますからね。

自分の漫画家人生を振り返ってみても、「あの時先生のマンガを読んで元気になりました」とか言われた時、私はこのために仕事をしているんだろうなって毎回思うんですよね。

それが韓国の人にも広がったり、自分のマンガがきっかけで日本と韓国の子が仲良くなったりしたら、すごく嬉しいなと思います。

「儲からない」とかいろいろ言っていますけれど…本当はそっちの方が大事ですから(笑)。

━━どちらも大事なので…。お話を聞いて、ウェブトゥーンはまだ「発展途上」の一面もあるのだと思いました。

そうですね。私がウェブトゥーンで連載していることで、漫画家を目指している若い子たちに「こっちは儲かるんじゃないか?」と期待させてもよくないので、そこはちゃんと伝えたいところです。

でも、やらずにいて、数年後「あのときウェブトゥーンで描いていたらよかった」と後悔するのは嫌なので。チャレンジしたことに悔いはないですし、あと1〜2年は頑張ってみようかなと思っています。

連載を数本抱えて体力的にもしんどいんですけど、「やってみたけど、あまり儲からなかったんだよね」って言えた方がいいかな、と思うんですよね。

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『偽装不倫』は、スマホアプリ「LINEマンガ」で毎週土曜に更新される。コミックスは第1巻が発売中(文藝春秋)。第2巻が2月28日に発売予定。

Source: ハフィントンポスト