「陸上選手は努力に見合っていない」 元・箱根駅伝ランナーの和田正人さんが“引退”を語る

和田正人さん

東海大学の優勝で幕をおろした今年の箱根駅伝。

大学4年生にとっては残りの学生時代はわずか。就職や大学院とそれぞれの道を進むことになり、実業団に進まない選手の多くが競技生活を終えることとなるでしょう。陸上選手だけでなく多くのスポーツ選手が経験する『引退』の瞬間。決断は短くとも、決断までの時間は決して短くない、そんな難しさがこの2文字には凝縮されていると言えます。

『引退』について強い思いを持っているのは、この方も同じ。学生時代に日本大学で箱根駅伝に出場した経験のある俳優・和田正人さん。2002年の4年生次には、怪我明けのなか復路9区を担当し、区間記録第5位という成績をおさめました。

その後、走ることを生活の糧とした和田さんは、大学卒業後にNECに就職。同社で陸上部に所属し、ランニング漬けの毎日を過ごしていたのですが、2年目の春を前に陸上部は廃部に。経費削減のためでした。

元々、怪我の多かった和田さんは、普段から自分のキャリアと向き合う時間が長かった選手でした。そんな和田さんが、引退をどのように感じていたのか、ご本人に聞いてみました。

長年、陸上競技の『長距離』という種目で走り続けていた和田さんにとって、その選手人生は『失敗の連続』という認識。奇しくも、最近、演じたマラソンをテーマにした舞台の台詞に『挫折の競技』があったのですが、まさにその通りと感じたそうです。

「僕は10年間、競技として陸上に携わりましたが、細かい挫折や大きな挫折の連続でした。しかし、これは考え方次第だと言えます。”挫折があればあるほど、それを乗り越える機会に恵まれます。その経験は大切で、”乗り越えることができた”という実感の多さが、この競技らしさとも感じています」

挫折を乗り越えることができることで、さらに競技にはまっていくのが陸上競技の魅力。ですが、その一方で、辞める時の判断は非常に難しいもの。選手として良い状態で引退できる人は一握り。多くの選手が悔しさを片手に引退を決断することになります。和田さんもまた、その一人でした。

「なんとなく20歳後半頃に引退をするんだろうな」、そう思っていたタイミングで、廃部という知らせが届きました。和田さんが24歳の頃です。選手としてはまだまだ若く、これから可能性を秘めた時期。廃部という理由があったとしても、移籍という選択肢は無くは無かったはず。ですが、和田さんが選択したのは『引退』でした。

「僕が引退したのは、廃部が原因ではありません。大きな挫折をしたから」

そう打ち明けてくれました。

和田正人さん

「実業団に入って日々、トレーニングに明け暮れて、怪我とも付き合い、色んな人と接しているうちに気づいたのです。今後、僕は日の丸をつけて走れる選手になれない。24歳のその時に、そのことを理解してしまったんです」

聞けば、同期にすごく強い選手がいて、そもそもの走る能力だけでなく、発想や発言が自分とはまったく異なるスケールだったとのこと。「こういう選手が日本代表選手になる」、認めたくなくても認めざるを得ない事実が目の前にあり、その大きな挫折を乗り越えることは難しかった。

「自分は怪我が多い選手でした。長く続けることすらできれば、いつか追いつけるのではないか、と考えることが多かった。ですが、自分は階段を1段ずつ登るタイプなのに、他の選手は平気で2、3段ずつ駆け上がっていく」

“登り続けること”は苦しいなりにも楽しさがありました。これまでの挫折を乗り越えたという実感もありました。ですが、「日本を代表する選手に」、と考えた時に、『引退』を選ぶこととなったのです。

そんな和田さんですが、”登り続ける”という発想が、今の俳優という仕事に結びついてもいるのです。

「突然俳優になりたいと言っても、いろんな人に止められるだろうし、恥もかくだろう。それはわかっていたのですが、そんなの関係なく飛び出そうと思いました。俳優という仕事なら、年齢をかけて登り続けることができるんです」

和田さんのその後の活躍は言わずもがな。連続テレビ小説『ごちそうさん』やドラマ『陸王』に出演。多くの高い評価を得ました。

和田正人さん

改めて、和田さんにとっての陸上競技を聞いてみました。

「競技をやっている時って、結果を出すことが全てなんですよ。それが自分の喜びの全て。その喜びを得るために、それこそ勉強で例えると東大に入るほどの努力をします。ですが、選手を引退して社会に出た際には、0からのスタートになります。選手ではなく”元選手”。周囲はそう見ますから」

血のにじむような努力をしても、『引退』を機にそれが0になってしまう。選手の環境に疑問を投げかけます。「すごく偏っている。努力に見合っていない」と。

「陸上選手の迎える将来がこうであってはいけません。もっと陸上競技が魅力的にあってほしいし、そのためには、選手個人が結果を出すためだけに注力するのではなく、もっと競技の魅力や楽しさを発信していく必要があると感じています」

前出の舞台のお仕事の際、友人に舞台を見てもらうため和田さんもチケットの手売りをします。今回もチケットを自分で購入して、その魅力を伝えながら友人を巻き込んでいくのです。

陸上競技は引退したら終わりではなく、現役生活の間にその魅力を自分たちで伝えるのです。そのためには表現方法を考えますし、視野を広げる必要があります。ですが、多角的な視点で競技を考えることは、結果として競技力向上にも繋がる。そうやって、競技だけに集中するのではなく、世の中を知ることも同時にやっていく必要があると教えてくれました。

俳優という全く異なる世界に飛び込んだ和田さん。今、この競技を振り返った時、選手の環境が良くなることを願っていることがわかりました。厳しくも温かい、言葉を選びながら振り返った陸上競技には、まだまだ成長の可能性があるのです。

和田正人さん

和田正人(わだまさと)1979年8月25日生まれ。高知県出身 O型

日大在学中2度箱根駅伝に出場し4年次は主将を務める。競技引退後は俳優に転身し、ランナーの経験を生かしてTBSドラマ『陸王』、舞台『光より前に~夜明けの走者たち~』などにも出演

★映画「空母いぶき」監督:若松節朗2019年公開

★NHK8Kドラマ「浮世の画家」演出:渡辺一貴

※同記事は『Runtrip Magazine』に掲載されたものを加筆・編集したものです。

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Source: ハフィントンポスト